********************************************************************** エピソード『過去探し』 ====================== 登場人物 -------- けだるい午後 ------------  SE     :ジ……ジジジ……  美都     :「うーん……」  セミの音をBGMに、美都が手にとって悩んでいるのは、布の切れ端。それ には、1つの文字と思われるものが書いてある。  漢和辞典で照らしてみても、その文字に該当するものは見つからない。  紫苑     :「にゃ?」  窓際に座ったままの猫の姿で問う紫苑。  美都も、部屋の畳に寝転がりながら応じる。  美都     :「これ……やっぱり不思議な気持ちになるの。私と関係が         :あるんだと思うんだけど……」  紫苑     :「ああ、この前、木の上から取ってきた布ですか。作成時         :期は美都があの場所に居たときと一致しますが……」  美都     :「やっぱり、関係あるよね……これ。うーん……なんて書         :いてあるんだろう……」  考えながら、部屋の中をごろごろと転がる。窓を開けておいても、夏は蒸し 暑い。  タンクトップにホットパンツだが、暑さはちっともやわらがない。  美都     :(ごろごろ)  それを、黙って見ている紫苑。毛皮に汗一つかかないところを見ると、放熱 機構も正常に働いているようだ。  美都     :「……」  紫苑     :「どこかで調べるなら、図書館などの施設が良いでしょう」  美都の転がりが止んだところで、話し掛ける紫苑。  美都     :「……」  返事はない。ただの……  紫苑     :「美都?」  美都     :「くー(すやすや)」  眠り姫のようだ。  セミは、聞いているものが気だるくなるように鳴き続けていた。 助っ人 ------  ユラ     :「うちの図書館?」  美都     :「はい。なるべく大きな所が良いかなぁ……って」  次の日の朝食。図書館を探る事にした美都は、ユラの学校の図書館を使わせ てもらう事にした。  ユラ     :「でも……うちの図書館で、やたら蔵書は多いけど……資         :料探すのは大変だよ?」  美都     :「大丈夫です。時間はありますから」  ユラ     :「うーん……」  そういって、食事の手を止めて考え込むユラ。  ユラ     :「あ……ちょっと待ってて」  急に立ち上がり、電話に向かう。  ユラ     :「もしもし、小滝です。美樹さん?あ……そう言えば久し         :ぶりね。ちょっと、頼みたい事があるんですけど、今日っ         :て身体空いてます?」  美樹……という、グリーングラスのお得意様の名が出た。美都も何度か顔を 合わせた事もある。  食卓で話題に出た事もあったが、「活字の事は彼に聞け」とユラが言ってい たのを思い出した。  ユラ     :「手伝ってくれるって。私は学校抜けられないけど、がん         :ばってね」  美都     :「ありがとうございます」  美樹は、後1時間ほどで来ると言う。急いで朝食を摂り、後かたづけまで終 わらせた美都であった。 図書館の探索 ------------  冷房が程よく効き、本を繰る音すら聞こえるような静寂。  床は絨毯が敷き詰められ、足音は吸収される。  少し横に目を通せば、本棚に並べられた無数の本。  美都     :「うわ……売るほどあるんですね……」  普通の本屋よりも蔵書は多いのだ、売るほどあってあたりまえである。  紫苑     :「さて……どこから調べるんですか?この蔵書から必要な         :書物を探し出すのは一苦労そうですね」  美樹     :「布施さんは、どのような本をお探しなのですか?」  やさしい笑みを浮かべながら美都の方を見る美樹。その物腰は穏やかだ。  美都     :「えと……この文字が何処の国のものなのか調べてみよう         :かとおもって……」  美樹     :「分かりました」  そういうと、すたすたと奥の方へ歩いて行く。迷う事無く、一つの区画へ案 内された。  美樹     :「あいにくと、全く同じ模様はありませんが、似た様な文         :字ならこれとこれ、それとこの本に載ってます」  美都     :「ありがとうございます! 紫苑ちゃん、手伝ってくれる?」  紫苑     :「ええ、手伝いますよ」  美樹     :「じゃあ、私は授業がありますから、これで失礼しますね」  美都     :「ありがとうございますっ」  深々とお辞儀をした後、取り出された本の1冊を取り、読み始める。  美樹は、その光景を見て笑みを浮かべた後、その場を後にした。 未だ、見つからず ----------------  館内アナウンス:「閉館時間となりました……」  美都が本を読み始めてから、数時間は経ってしまっていた。  何度見直しても同じ文字は見当たらない。  美都     :「やっぱり駄目か……」  紫苑     :「ふむ……ここに参考文献がかいてありますね、しかも3         :冊とも同じものを使っています」  美都     :「あ、ほんとだ……“吹利史”?吹利って、この街の名前?」  紫苑     :「これだったらあるかもしれませんね」  美都     :「ちょっと聞いてくる!」  美都は、閉館作業をしている司書のところまで駆けていった。  その後ろ姿を見ながら紫苑は書物を片付け始める。本箱に戻したところで、 手を止めた。  紫苑     :「(高速スキャン開始……データ保存……)」  数百ページある蔵書だが、CD-ROMを焼くよりは量が少ない。ものの数秒で記 録が終わる。3冊であっても、周囲から奇異の目で見られるほどではない。  紫苑     :「スキャン終了。何かの役に立つと良いのですが……」  そうつぶやくと、受付の方に向かって行った。  司書     :「吹利史……ですか……。残念ながら、この図書館には置         :いていないようですね……」  美都     :「そうなんですか……ありがとうございました」  一礼して、図書館を出る。後から紫苑が追いついてきた。  紫苑     :「駄目だったみたいですね」  美都     :「うん……」  紫苑     :「でも、その本があっても正確な情報が得られるとは限り         :ませんし」  美都     :「でもっ!」  わずかに距離をあけ、立ち止まって振り返る。正面から紫苑の顔を睨みつけ た。  美都     :「……」  紫苑     :「すみません。無責任な発言でしたね……」  美都     :「ごめん……紫苑ちゃんにあたっても仕方ないよね……」  そういうと、また二人は歩き出した。  美樹     :「布施さん、すみません。遅くなってしまいました」  横合いから、美樹が歩いてくる。確かに、授業は図書館の閉館と同時刻くら いまでと聞いていた。  美都     :「あ……美樹さん……」  美樹     :「どうでしたか?……と、ここで立ち話もなんですから、         :落ち着けるところに行きませんか?」  美都     :「あ、はい」  美樹     :「お勧めの場所があるんです。グリーングラスからも近い         :し、コーヒーが美味しいんですよ」  コーヒーが美味しい、と“パン屋”を紹介する美樹も美樹ではある。 ベーカリー楠 ------------  SE     :からんからん  ドアベルの音が鳴る。  観楠     :「いらっしゃいませ」  店長が出迎えてくれる。  美樹     :「あ、こんにちは」  紫苑     :(軽い会釈)  美都     :「あ……こんにちは」  三者三様の挨拶をする。  観楠     :「やあ……美樹さんに紫苑さん……と、前のお店の……」  美都     :「布施美都です。グリーングラスで住み込みのバイトをし         :てます」  観楠     :「そうでしたね。朝に何度かお見掛けしました」  美樹     :「おや、知り合いだったんですか」  美都     :「はい」  観楠     :「まあ……こんな所ではなんですから、奥へどうぞ」  奥に通される3人。何人かの常連が美樹や紫苑と言葉を交わす。  紫苑の紹介に、自己紹介をしてまわる美都。  簡単にパンとコーヒーを頼んでから、一息つく。  美樹     :「その様子だと、見つからなかったみたいですね?」  美都     :「はい。分かったのは、神道の神様に関係が有りそうだと         :言う事くらいでした……」  美樹     :「……」  美都     :「で、3冊とも、“吹利史”って言う文献を参考にしてる         :んです。でも、それは図書館には無いらしくて……」  美樹     :「“吹利史”……ですか……」  美都     :「はい、分かりますか?」  美樹     :「ふむ……日本全国から探すわけには行きませんからねぇ         :……」  美都     :「そうですよね……」  美樹     :「まあ、何とかなるでしょう。一息ついたら探してみます         :か……」  美都     :「はい……」  しばらく、コーヒーをすすっている3人。  美樹     :「さて、行きましょうか」  美都     :「え?……何処に行くんですか?」  美樹     :「足の向くまま……ってやつです」  美都     :「はあ……」  紫苑     :「まあ、当ても無いわけですし、仕方ないところでしょう         :ね」  美樹     :「大丈夫ですよ、見つかると思います。そんな気がします         :から」  美樹は相変わらず笑みを絶やさず、美都は不安な面持ちで、吹利の市街を散 策し始めた。  しばらくして、美樹が立ち止まる。  美樹     :「ここなんてどうでしょうねぇ」  美都     :「……あの……」  立ち止まった本屋は、瑞鶴。  美都も何度と無く通った場所である。 瑞鶴 ----  美都     :「こんにちは……ととっ」  入り口を開いたすぐのところにいた猫を、踏みそうになり、何とかまたぐ。  瑞鶴の猫   :「…………(失敬な客だね)」  大欠伸。  花澄     :「あ、美都さん」  美樹     :「こんにちは」  花澄     :「あ、こんにちは」  英一     :(……珍しい組み合わせだな)  美都     :「あの……ここに“吹利史”って本、ありますか?」  単刀直入。挨拶を交わしている時間さえ、美都にはわずらわしかった。  何故、これほど焦っているのか自分でも分からない、ただ“急がなければ” という想いのみ。  英一     :「吹利史?」  少し怪訝そうに。  英一     :「著者名は?」  美都     :「えと……山口……」  紫苑     :「山口淵鳴です」    記録しておいた3冊から検索し、関係あると思われる記述を思い出して行く。  紫苑     :「日本の古代史の論文本で……」  更に検索、さすがに3冊同時に思い出すのは容易ではない。  紫苑     :「吹利が題材なので郷土史かも知れません。昭和12年の         :本なはずです」  さまざまな部分から類推される情報を纏め上げる。しかし、分かるのはここ まで。  英一     :「わかりました。残念ながら注文、という形で良いね?」  美都     :「はい、おねがいします」  英一     :「取り寄せられるかどうか分からんが、取り寄せられたら         :連絡します」  美都     :「はい……じゃあ、今日は帰ります」  紫苑     :「今日はおしまいですか?」  美都     :「うん、もう遅いし、帰って夕飯作らなくちゃ。美樹さん、         :遅くまでありがとうございました」  美樹     :「いえ、お役にたてたか分かりませんが……」  美都     :「いえ、助かりました。じゃあ、花澄さん、英一さん、よ         :ろしくお願いします」  花澄     :「ええ、またいらして下さい」  英一     :「ありがとうございました」  そのまま、瑞鶴を出て、駅の方へ向かう3人。  美都     :「今日は本当にありがとうございました」  美樹     :「いえいえ」  美都     :「じゃあ、私たち、ここで失礼します」  美樹     :「はい、何かあったら、また呼んでください」  美都     :「わかりました。ありがとうございます」  そういって、双方礼をし、帰路に就いた。 閉店寸前の連絡 --------------  閉店寸前の瑞鶴。最後のお客の帰った後。  花澄     :「で、どうするんですか?」  英一     :「ちょっとあれは珍品だからな。もう一冊手に入れ         :るのは難しい」  花澄     :「ええ」  英一     :「堀川さんに連絡して、美都さんには堀川さんを紹介する         :くらいしか出来ないだろう」  花澄     :「美都さんに、見せるの?」  英一     :「堀川さん次第だろうな。俺の本じゃないんだし」  そういって、英一は『吹利史』の最初の注文者、堀川祐司への電話番号をま わした。  そう、既に、『吹利史』は瑞鶴にあるのである。本が“湧く”瑞鶴で、半分 こげたように“湧いた”『吹利史』。  今まで、新刊だと言う訳にも行かず、連絡しないでいたのだが、注文された 客よりも先に知り合いが見る訳には行かない。  英一     :「……」  番号を回し、待つ。電話の呼び出し音が鳴る。  祐司     :「はい、堀川です」  英一     :「夜分遅くに申し訳ありません。書店、瑞鶴ですが」  祐司     :「ああ、私です。いつもお世話になってます」  英一     :「以前、ご注文になった、『吹利史』ですが……」  祐司     :「え? 見つかったんですか!」  英一     :「はい、ですが、少し事情が込み入っておりますので、別         :途時間を取らせていただきたいと思いまして」  祐司     :「事情? ……何かあったんですか?」  英一     :「ええ、実は別のお客様からも引き合いがありまして……         :ただ、堀川さんの方がお話が先でしたから、少しご相談さ         :せていただきたいのですが」  祐司     :「なるほど……わかりました、いいですよ」  英一     :「何時ごろ、お時間いただけますでしょうか?」  祐司     :「じゃあ、明日のお昼で良いですか? 昼食を摂った後、         :そちらによらせていただきます」  英一     :「分かりました。お待ちしています」  そういって、電話を切る。  花澄     :「どうするんですか?」  英一     :「美都さんには、連絡だけしておけば良いだろう。その時         :間帯に来られないかもしれないからな」  花澄     :「そうですね」  そこまで言うと、この会話は終わる。  吹利史だけが、本屋の仕事ではないのだ。 助力者の集い ------------  次の日、美都は定刻より少し早く、紫苑を伴って瑞鶴に来ていた。  瑞鶴店長からの電話で、昼間に先に『吹利史』を注文した人に話してから、 美都と引き合わせる……という事だった。  美都     :「こんにちは」  花澄     :「あ、美都さん、いらっしゃい」  英一     :「いらっしゃいませ」  店の方に来てしまってから、所在無さげにあたりを見回す美都。  まだ、それらしき人物は居ない。  英一     :「奥で待っていてくれるかな? 話しがついたら、呼ぶか         :ら」  美都     :「分かりました」  そのまま、お邪魔します……と告げ、玄関の方にまわる。  居間で花澄の出したお茶をもらいつつ、待つ事にした。  紫苑     :「緊張しているのですか?」  美都     :「うーん……そうなのかな……」  紫苑     :「心拍数が上がっています」  美都     :「そっか……ちょっと……こわい……かも」  紫苑     :「そうですか」  美都     :「私が、普通の人間じゃなかったら、紫苑ちゃんどうす         :る?」  紫苑     :「あなたがあなたであることには変わりませんよ」  美都     :「……ありがと……」  SE     :からからから……  英一     :「いらっしゃいませ。堀川さん。わざわざご足労願って申         :し訳ない」  祐司     :「いえいえ、『吹利史』に会えるなら、大したことでは(笑)」  美都     :「(き……きた……)」  美都の場所からは、それほど店内の会話は良く聞こえない。  しばらくして、花澄が居間にやってきた。  花澄     :「美都さん、見せてくださるって。こちらにどうぞ」  美都     :「あっ……はいっ」  居間から、店の方へ行く。  祐司     :「こんにちは。よろしくお願いします」  美都     :「あ、こんにちは。始めまして。布施美都といいます」  英一     :「じゃあ、私は本を持ってきます」(奥へ去って行く)  祐司     :「堀川祐司です。大学で歴史をやってまして」  美都     :「あの……すみません。ぶしつけなお願いで……」  祐司     :「いいえ、お役に立てるなら、それでいいですよ。読んで         :みるだけでよろしいんですか?」  美都     :「もちろんですっ、ありがとうございます!」  祐司     :「よかった。私としても、手に入って何よりですし。しか         :し……」  美都     :「?」  祐司     :「…焦げているなら、まともに読めるかどうか不安ですね」  美都     :「え? 焦げて?」  祐司     :「はい。そういう話です。まあ私は、この際、どんな状態         :でも多少なりと読めれば、構わないのですがね。貴方の調         :べられるところが載っているといいんですが……」  美都     :「そうですね……焦げた本……どうして……」  祐司     :「さて……ね。いくつかの参考文献に載っているところを         :見ると、一時は出回った事があるようですが……」  英一     :「お待たせしました」  英一の手には、表紙も焦げ、わずかに読める一冊の本。  『吹利史』と書かれている事は、間違い無い。  祐司     :「これが……」  美都     :「……」  そっと手に取り、しげしげと眺める。  「山口淵鳴 著」……出版社名や定価はもはや読めない。  祐司     :「よく……手に入りましたね」  祐司は感慨を隠せない。美都も息を殺してのぞき込んでいる。  今、普通に手に入れたらどれほどになるだろう……というより、普通に手に 入れられるとは思えない。  英一は苦笑した。遠い時の果てに、その本を呼ぶ者がいたから……この「読 者」がいたからこそ、この本はこの店に来たのだ。自分が手に入れたわけでは ない。  とはいえ、そう言う「読者」の顔を見る瞬間こそ、瑞鶴店主冥利に尽きる瞬 間でもある。  英一     :「知り合いの故物商に問い合わせたら、たまたまこの一冊         :だけこういう形で見つかりまして」  祐司     :「ああ、本屋さんが火事か何かで?」  英一     :「いや、そう言うわけではなさそうなんです」  祐司     :「へえ……じゃあなぜ……」  英一     :「さて……」  美都     :「あのっ!」  英一の言葉を遮り、美都が声を上げる。 鍵となる娘 ----------  思いつめたような美都の瞳。  美都     :「見せていただいて……いいですか?」  祐司     :「ああ、はい。すみません」  本の前から身体をどかす祐司。  そこに座り込み、慎重にページを繰る。  目次。  そこから、「らしい」ところとぶ。  項目は、文字体系の概念が書かれている項。  美都     :「ここ……だね……」  紫苑     :「そのようですね。昨日の資料に出ていた文字も載ってい         :ます」  祐司     :「ほほー。こいつは……」  別の意味で感心している祐司。しかし、本を読む美都を妨げるような真似は しない。  祐司     :「『神代文字の存在仮説』か……面白い」  英一     :「神代文字?」  祐司     :「万葉仮名以前にも、何らかの文字表記はあったはず、と         :言う仮説です。要は日本列島土着の文字、と言えますが。         :これほどの量の図版を伴っているのは、当時としては珍し         :いんじゃないでしょうか」  美都は、一つづつページを繰る。  美都     :「あっ……これ……」  紫苑     :「ですね」  紫苑の中で、視覚からの画像データを拡大。美都が手に入れた布に書かれた 模様と照らし合わせる。  紫苑     :「(適合率96%。今までで最高ですね……)」  美都     :「えと……」  その文字に添えられた説明を読む。  美都     :「う……(読めない……)」  祐司     :「ほほう……なるほどねぇ」  美都     :「あ、堀川さん、読めるんですか?」  祐司     :「ええ。……ああ、万葉仮名やら専門用語やら旧字体やら         :でわかりにくいですね。難しいでしょう」  美都     :「すみません。読んでいただけますか?」  祐司     :「いいですよ」  その文字にあるのは、こうだった。  発音は「ミタマ」  神剣を降ろす鍵の最初にして最後の巫女。  第一次復活期に美しい女性が現れ、四次復活期の儀式の中心となる。  祐司     :「……と。この際の“復活期”は、もう少し前に説明があ         :りますね。簡単に言うと、神剣が現実世界に出て来る為に         :必要な期間の事……とあります」  美都     :「……」  とくん  自分の中にあった焦燥感が、どこから来るものかを美都はたった今理解した。  自分は人ではない。  そう思わせる事実と、否定する心情。  その決着をつけがために、自らの過去を探した。  とくん  目を閉じて、胸に手を当てれば感じる事の出来る、美都の“守らねばならぬ もの”  それを、はっきりと自覚する事が出来る。  紫苑     :「美都?」  美都     :「えっ?」  紫苑の声に、我に返る。  美都の手に自らの手を置き、美都を覗き込んでいる紫苑が目に入った。  紫苑     :「心拍数が上がっているようですが?」  美都     :「あ……うん。大丈夫。堀川さん、その“神剣”っての、         :なんだか分かりますか?」  美都の問いに、祐司は何ら迷うことなく答を告げた。  祐司     :「神剣でミタマとくれば、“布都乃御霊(フツノミタマ)”         :でしょうか」  とくんっ  英一     :「……フツのミタマ?」  祐司     :「古事記や日本書紀の神武東征のところに出てきます……         :そうですね、日本神話で神剣と言えば、それでしょう」  とくんっ!  紫苑     :「美都っ」  紫苑が、美都の肩を揺さ振る。  紫苑     :「(心拍数、血圧、急上昇。瞳孔反応無し……)まずいで         :すね……」  美都には、紫苑の声は聞こえていなかった。  心の鍵を手に入れた美都は、自分の心に深く沈み込んでいたのである。 過去無き娘の未来 ----------------  紫苑     :「(脈拍、血圧……正常値に……覚醒しましたね)美都?」  美都     :「え? ……うん」  美都が気がつくと、紫苑に抱きかかえられた形となってしまっている。  目を開けると、紫苑の整った顔がすぐ傍にあった。  紫苑     :「よかった。気がつきましたか」  美都     :「うん……と……ごめん」  寄りかかっていた身体に力を入れ、紫苑から離れる。  祐司     :「大丈夫ですか?」  美都     :「はい。心配かけてすみません。ちょっと、聞き覚えのあ         :る名前だったものですから」  祐司     :「じゃあ、何か関係があるのですか」  美都     :「そうみたいです。もっと調べないと分かりませんけど、         :文字から分かるのはこれくらいですものね」  祐司     :「何か分かったら、連絡しましょうか?」  美都     :「え……そんな……お手数じゃないですか?」  祐司     :「なに、もともと研究する為に読み込みますから、ついで         :です」  美都     :「じゃあ……お願いします」(ぺこ)  祐司     :「はい」  美都     :「なんか……本調子じゃないんで、お先に失礼します。あ         :りがとうございました」  そう言って、立ち上がる。まだふらつくが、さりげなく紫苑が支えてくれた。  祐司     :「それでは、何かあったら連絡します」  美都     :「お願いします」  ぺこりとお辞儀をして、外に出る。  しばらく紫苑に手を回す振りをして体を支えてもらっていたが、じきに足取 りもしっかりしたものになる。  美都     :「ごめんね」  紫苑     :「なにがですか?」  美都     :「結局、私も人間じゃないみたい。記憶なんて、最初から         :なかったんだ。思い出す訳なかったの」  紫苑     :「……そうですか」  美都     :「今まで、紫苑ちゃんの事特別だからって頼っちゃってた         :から……。これからは、私も自分で何とかしなきゃ」  紫苑     :「私は別に、迷惑ではありませんよ」  美都     :「うん……ありがと」  二人で歩く。紫苑はいつも、自分からしゃべる事はしない。  美都     :「私ね……」  紫苑     :「はい」  いつかは死ななくちゃならない……。  美都は、口に出そうとした言葉を飲み込む。紫苑に行ってどうなるものなの か? 自分は不幸な娘だと、慰めてもらいたいのか?  ちがう。  美都は紫苑に守られるより、共に歩く事を選んだのだ。その道を引き返した りはしない。  美都     :「私のね……魂だけが、必要なんだ」  紫苑     :「“儀式”にですか?」  美都     :「うん。私が自分の事ずさんなのも、その影響だと思う」  紫苑     :「確かに、美都は自分の体を労わらないところがあります         :ね」  美都     :「逆に言うと、魂さえ無事なら、私の身体はどうなっても         :良いんだよね」  紫苑     :「私はそうは思いません」  美都     :「ありがと……。だから、私は死ねなくなっちゃった。魂         :が入れ物を無くしたら、別の入れ物を作ればいいだけなの。         :だから、私は死ねない」  紫苑     :「良く理解できませんが、美都が居るならば、それだけで         :構いません」  美都     :「ありがと。こんな宣言、紫苑ちゃんにしか出来ないから         :さ。覚えておいてね」  紫苑     :「わかりました。しっかりと記憶しておきますよ」  美都は、生き続ける事を選択した。それは、生物ならばあたりまえの、だれ しもが選択する道である。  器が無事である限り、二つ目の器は必要ない。美都のような娘が、再び生ま れる事は、美都が生きている限りはない筈なのだ。  過去の無い娘は、今しっかりと「生きる」ために歩き始めた。 余談 ----  美都と紫苑を見送った後。  書店瑞鶴では、『吹利史』が、めでたく祐司の手に渡された。  精算を済ませながら……このレベルの本を3桁の値段で取り引きしてくれる のが瑞鶴の瑞鶴たるところだが……、店長は半ば感心したような複雑な面持ち で、溜息混じりの声を漏らした。  英一     :「しかしまあ……ああいう伝承やら大昔の文字やら……そ         :の、剣やらがあったんですなぁ」  祐司     :「さあ、どうでしょうか」  英一     :「は?」  店長と花澄は顔を見合わせる。今し方まで、本を手に入れて小躍りしそうな 喜びの表情を満面に浮かべていた人物の言葉とは、とても思えなかったが。  祐司     :「『あった』と証明されていれば、既に日本史の教科書に         :載っているでしょう(^^;」  英一     :「ああ……なるほど(笑)」  祐司の言葉の最後は、若干懐疑的な音も含んでいた。信じるばかりが学者の 仕事ではない。  しかし。  祐司     :「ところで、あの方……布施さん、ですか? どう言った         :事情で、この本を?」  英一     :「いや、それが……」  店長の言葉は歯切れが悪い。  英一     :「彼女は、この手の伝承を調べていたようで……それ以上         :のことはよく存じ上げないのですがね」  祐司     :「そうですか」  今日会ったばかりのあの女性……美都にとっては、その「伝承」とやらの内 容は真実、いや真実以上の意味合いを持っているように思われた。しかも……  祐司     :『何か関係があるのですか』  美都     :『そうみたいです』 ……自分自身に関係があるという自覚を、隠そうともしていない。  祐司     :「ふむ……調べてみるか」  この時から祐司にとって、『吹利史』はただの研究対象ではなくなった。  おそらくはいずれ、そう言う心構えでいたことの是非が問われる時が来るだ ろう。しかし少なくとも今は、平和な日常が続こうとしていた。……そして、 当分は。 (終) 解説 ---- 時系列 ------  1999年盛夏。 $$ **********************************************************************